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明日食うめしがうめぇかよ
直近の性交渉の有無を聞かれた俺。
脊髄反射でNOと答えようとしたが、脊髄の検閲がかかった。
時期はクリスマス直前。23歳の若者が性行為の有無を聞かれて、わずか0.5秒で「していない」と答えていいものか。
これでは、彼女もいないタマをデカくしただけの孤独な若者であると自ら告白するようなものではないか。
いや、そんなこと誰も気にしていないことはわかっている。
あまりにも自意識過剰だろう。
普通に「ありません」と答えればいいんだ。
でもそうじゃない。そうじゃないんだ。
このちっぽけなプライドまで投げ捨ててしまって、明日食う飯がうめぇかよ。
「え〜っと、そうですねぇ…。う〜ん、な〜いと思います」
私は悩むフリをした。
悩む必要なんて一ミリも無いのに。
悩むフリをしてしまった。
「そうですかぁ〜…。なら、性感染症とかでもなさそうですね〜」
ハイソウデスネ。
生きづらそうだね
全くだよ!!
「詳しい原因はわからないんですけど、炎症が起こってるんじゃないかと思います。とりあえず緊急性がないことはわかったので、明日、自宅付近の泌尿器科で診てもらうことにしましょうか」
大の大人が3人で、タマが腫れた原因を考えたが、ついぞ明確な答えに辿り着くことはできなかった。
いまいちスッキリしないが、今夜の玉騒動は一応の決着を見たのであった。
て言うか原因はもういいから、さっさと帰りたい。
診察室を出て、ふと時計を見ると、時刻は午前2時を回っていた。
あー、もう早くベッドで寝たい。
でも、これどうやって帰ればいいんだ。
そんなことを考えていると、看護師さんが一枚の紙を持って話しかけてきた。
「この後、どうやって帰られますか?始発まで駅のそばのホテルに泊まるか、ちょっと割高なんですけど、介護タクシーっていうのがあって、これなら深夜でも頼めますよ」
看護師さんから帰宅方法の提案を聞きながら、私は手渡された紙を見やった。
そこには、7つほどのタクシー会社の電話番号と対応時間が一覧でまとめられていた。
とにかく早く家に帰りたいので、ホテルは論外。まあ、タクシーだな。
手渡された紙によく目を通してみる。
そのほとんどに「夜間対応不可」と書かれていたが、一つだけ「夜間可能」の文字が目に入った。
「わかりました。タクシーで帰ろうと思うのでちょっと電話してきます」
早速、紙に記されていた電話番号にかけてみた。
「はい。介護タクシー ○○です」
おじいちゃんが出た。
え、いま午前2時過ぎだけど寝なくて大丈夫??
早く寝たい方がいいよ。この時間に活動するのはBUMPぐらいだって。
いや、もしかしたら早起きなのかな??
年を取ると早起きになるしね!
「○○病院にお願いしたいんですけど、大丈夫ですか」
「○○病院ね〜、10分ぐらいで着きますんでね」
それだけ言うと、電話口からおじいちゃんの気配が消えた。
え?終わり?
名前とか、電話番号とか聞かなくていいの?
病院のどの辺りに来てくれるかとかもわからんのだけど。
そして何より怖いのが、電話が繋がったままであるということ。
最悪、倒れてんじゃねーのか?
119番にかけるならまかせてくれ!さっきやったばっかなので!
とりあえず正面玄関で待つかぁ…
看護師さんにタクシーを呼んだことを伝えて、清算の為に受付へ向かった。
「この時間だと精算ができないんで、後で代金と振込先が書かれた紙を郵送しますんでね、振込をお願いしますね〜」
わー、送ってこないでほしいなー。
来た時と同じ夜間入口から外に出て、少し歩くと正面玄関らしきところが見つかった。
しばらく待つと、入口の角が車のライトと思しき光で照らされてきた。
お、来たか。
敷地の入口を抜け、俺の立つ位置から右斜前あたりに一台の車が止まった。
それはダイハツのタントだった。
これ?これなのか?
どう見てもただの自家用車だけど。
介護タクシーって言うぐらいだから、車椅子の人とかでも乗れるように、もっとこうミニバンぐらい必要じゃないの。
恐る恐る近づいてみると、助手席側の窓が降りた。
「どうぞ、乗ってください」
あ、やっぱこれなのね。
そして運転手は案の定、おじいちゃんである。
どちらかと言えば介護タクシーを運転する側じゃなくて、介護される側だと思うんだよなぁ。なんか申し訳なくなるな。
いや待てよ。これがシルバー人材を活用するということではないのか。
シルバー人材と言う名目の下、低賃金で働く高齢者が増えていくのだろうか。
日本の未来が心配だなぁ。
どこからか、お前は自分のタマの心配をしてろと聞こえてきた気がするので、とりあえず乗ろう。
「すみません、夜遅くに。お願いします」
車内も特に改装されているわけでもなく、助手席の背面に吊るされているティッシュケースがより自家用車感を際立たせている。
そして何より言いたいのは、後部座席と前の席との間隔が狭すぎるということ。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、膝を90度に曲げ、どうにか座席に着いた。
テトリスみたいになってるぞ、俺。
介護する気あんのか?
こうやって、お客さまは神様だとでも思ってる若者がシルバー人材に向かって文句をつけていくんだね
世知辛いわぁ
やめろよ!!
激狭な後部座席で、眠っているのか起きているのか自分でもわからない状態で揺られること30分。
午前3時、ついに自宅へと帰り着いた。
鍵を開け、脇目も振らずベッドに向かった俺は、明日、否、今日は会社を休むと決意して、秒速で眠りについたのであった。
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